2020年02月01日

生業としての小説家戦略 - わかつきひかる

 文章の書き方ではなく、フリーランスで働く文筆業が遭遇しやすいトラブルを紹介し、経験を元に助言する指南書。




 作品としては著者を存じ上げないが、若いころからジュブナイルポルノやライトノベルで活躍し、現在は官能小説を書く作家でいらっしゃるようだ。

 女性だから、出版業界で経験がないからと編集者になめられ、支払いも平気で踏み倒された新人時代。だが著者はあきらめず、手探りで少額訴訟の道を開き、大部分の金額をとりもどした。知識が不足していたため、延滞料や手数料をもう少し増やして請求することもできたとのちに知ったが、訴訟を経験したことが精神的な強みにもなった。

 だめな出版社(または編集者)とのエピソード紹介や、これこれのレベルまで売れてきたら税理士を頼んだほうがいいといった実務的な内容がたくさん盛りこまれている。文章の軽妙で読みやすい。

 いろいろな苦難はあれど、あきらめないことが第一だと、これからの作家にエールを送る。同年代、同時期に作家活動をしていたはずの人々が周囲にもはやいなくなってしまったが、その人たちに才能がなかったわけではなく、自分はあきらめずに書きつづけたからだと、読み手をはげます。

 文筆業、フリーランスの方々は、読んでみて損はない本。

 ただ、読みづらかった部分もある。
 これはいったいどういったメディアに紹介されたものなのか不明だが、もしや連載されたのだろうか。文章表現にくり返しが多く、ほんの少し前に書いたばかりなのにまた説明をするのかといった、不自然さがあった。連載などの事情で内容が小刻みにくり返されていたものを、そのまま電子書籍にしたのかもしれない。その点だけは読みづらかった。
posted by mikimarche at 22:05| Comment(0) | 実用(その他)

2020年01月23日

Black Box (ブラックボックス) - 伊藤詩織

 内容がつらそうに感じたため、読む勇気は出ないと思っていた。だが先日の民事訴訟で著者の伊藤氏が勝訴となり、その影響なのか、たまたま電子書籍版が定額読み放題のラインナップにはいった日があったので、ダウロードしておいた。

 数回に分けて、ようやく読み終えた。



 少女時代のこと、そしてジャーナリストを志して外国の大学で学ぶ日々が綴られたあと、2015年のその日が語られる。
 合意どころか、そんなことをする間柄とは思っていなかった人間により、一方的な性行為がなされた。

 その日のことはもちろん憤ろしい話である。だがその後のことは、さらに過酷だ。

 直後は自身の状況すら理解できず、前日の夜間から早朝まで数時間の記憶は現在でも失われたままだ。パンツぐらいお土産にさせてよとうそぶくふてぶてしい男に、著者は利用された。しかも経緯が不明な、出血をともなう怪我もあった。妊娠や動画撮影された可能性にもおびえつつ、自分をとりもどすために、被害届を出した。

 男性だらけの警察署で説明を何度も何度もくり返したあげくに、加害者を想定した人形まで使って事件の再現をさせられた屈辱は、読んでいる立場でありながら、叫びたくなるほどだった。仮にその再現が必要であったのだとしても、女性警察官の立ち会いもないとは、いったいどういうことなのか。

 数ヶ月以上の屈辱と、くじけそうになる心と、そして長いあいだ継続していた膝の痛みを乗り越えて、ようやく逮捕へと話が進んだ。そのまま逮捕がおこなわれていれば。話は少しは違う方向に進んだかもしれない。だがたったひとりの人物(警視庁の上層図)により、逮捕は見送られる。

 法の下ですべての手続きが順調に運べば、顔を出して会見する必要すら、なかったかもしれない人物である。
 人前で訴えねばならない状況に追いこまれたその人物が、心ない人々により中傷され、たたかれている。

 真実を知りたい、泣き寝入りはしないとの信念からはじまったことだが、もはや、著者ひとりの闘いではない。ご自身の分以上に、結果として世間の女性を背負ってしまった。

 ご家族とは話し合いを重ね、顔を出しての会見では強く反対をされたものの、言い出したら聞かない性格だからと、消極的な了解を得た。多感な年頃の妹さんとはうまくいかなくなってしまったが、自分以外の誰かが同じような目にあったらという思いもまた、著者を動かす力のひとつになっている。事件の当初から相談にのり、家に泊めてくれもした知人ら。話を聞いてくれた同僚や弁護士、助言をくれたジャーナリストなど、多くの人たちが力になってくれているが、著者の闘いは、つづいていくのだろう。
 
 著者の強さと、勇気に、心からの敬意を表する。
posted by mikimarche at 15:00| Comment(0) | 実用(社会・事件)

2019年12月30日

kotoba 35 日本人と英語

 春ころに書店の店頭にあった季刊誌。冒頭ではつい先日まで文科省が迷走していた英語の民間試験を懸念する対談が組まれ、つづいて日本での外国語教育の歴史(古くはオランダ語、のちにオランダ語の学習を経由しての英語)、江戸や明治の英語教材など資料価値の高いものを紹介しながら、それぞれのコラム担当者が専門的な視点から日本人と英語を語っていく。



 全体の4分の1程度の内容で読むのを忘れ積ん読していたが、先日からあらためて読み直してみた。

 まずは英語の前に日本語をきちんと操れるほうが大事というもっともな意見があれば、いや聞き取り能力の開花は若いうちのほうが有利であるというのもたしかにそうかもしれないとうなずいたりと、考えさせられる。文法からきっちりやるのか、コミュニケーションが大事なのか、そもそも英語の発音だけよくて日常の会話ができても「だから何」で終わってしまうのではないかなど、語学に関心のある人ならばひととおり考えそうなことが、このムックの中でおさらいできる。

 わたしが思うに、日本人は英語ができないのではない。むしろ読解力や文章力など、必要に迫られている立場の人は優秀であるように思う。
 ただ、発音がよい悪い、会話ができるできないというのには別の要素がからんでくるかもしれない。日本では、人前で自分の意見を堂々と発表してよいとする考え方や、そのための学びの機会が、子供たちにじゅうぶん提供されていないのではないか。その結果として、仮に相手の英語が理解できても「その話題に関してしゃべる内容がない、自分の意見というのを発表しなれていない」のではないかと、わたしは考えている。

 こんな風にさらりと紹介してしまうと軽い書籍と思われてしまうかもしれないが、対談や執筆者として登場するメンバーの顔ぶれはそうそうたるもの。バックナンバーを扱う店でなければ入手はむずかしいかもしれないが、見かけたらぜひ目次だけでも見ていただきたい。
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2019年12月24日

トマト運輸 - 朴 京守

 なんとも不思議な本を読んでしまった。何か短編小説ですぐ読めるものがないかとKindle本を検索していたとき、これがふと目にとまったのだ。

 このタイトル、そしてこの「フリー素材で作りました的な表紙」が(実際にはフリー素材なのかどうか不明だが)ぐっと心に訴えかけてきて、すぐさまダウンロード。ちなみにわたしはKindle Unlimitedに登録しているので定額料金内である。そうでない人は500円。



 トマト運輸という存在は冒頭の1話に出てきて、2話目にも少しだけ出てくるが、あとは関係がない。この名称のおもしろさに固執して、これでまるまる1冊を仕上げるのか思っていたが、そんなことはなかった。

 ストーリーは、とくだん説明しようのないものばかりで、とにかく読んでみてとしか言いようがない。この味わいは「全体から出るなんとなくの雰囲気」に由来するのだろう。

 無理におもしろくしようとしていないけれど、何か楽しそうに書いているのがわかる文体。自分は力を入れていませんので読む側もリラックスしてと言われている気がしてしまった。

 個人的には、文体はともかく改行の幅が好みではない。1行のあと2行分が空行。目にあまりやさしくないし、読みづらい。だが閲覧環境によってはこれくらいでちょうどよい人もいるのかもしれない。
posted by mikimarche at 11:00| Comment(0) | フィクション

2019年11月08日

The Fortune-Teller's Son - Angela Blondeau

 2017年に英語で書かれた本だが、それほど難しい単語はなく、日本語話者にもおすすめ。また内容が数奇な運命に翻弄された少年マサイアス(前半の主人公)と、その息子であり、事情で幼少時にアメリカに移民した少年オットー(後半の主人公)の物語を実話ベースに再現した読みものであり、感情移入がしやすい構成になっている。著者はオットー・リーガン氏の知己で、本の中に当時の写真なども紹介。

 

 1900年代はじめ、モドラ(現在のスロバキアの都市)で暮らしていたリーガン家の人びとは、アメリカへの移住を予定していた。すでにアメリカに渡って仕事を得ている親戚と、上の息子たちは現地で生活基盤を整えており、残る家族も全員アメリカへという話になったのだ。
 ところが直前になって、渡航費用がひとり分だけ不足していることが発覚。一家の妻が自分と娘たちのために記念の品を買ってしまったためだ。彼女がその誘惑にさえ負けなければ、話はまったく違った展開になっていた。
 そして渡航費用の関係で、たったひとり、体に障害を持つ14歳の少年マサイアスが、アメリカ行きをいったん断念せざるを得なくなる。親戚の助けを得て引っ越したウィーンで、仲良しの猿ムッキを使った芸と占いを披露するようになったマサイアスは、たくましく成長していった。
 数年後に父親がアメリカから迎えにやって来て、ようやく自分も渡航できることになったマサイアスだが、皮肉な運命で、アメリカでは方針が変更されてしまい、障害者を受け入れないと告げられる。現地で足を踏み入れることなく、ウィーンに帰ってきたマサイアス。
 彼はムッキと町の広場で芸を見せ、ふたたび現地に馴染むが、彼がアメリカに縁のある人間と知り興味を持って近づいてきた女性と、結婚することになる。幸せな生活を営めるかと思った矢先、その女性はふたりのあいだに息子オットーを授かるとまもなく、アメリカに稼ぎに行くと語り、オットーを残して渡米してしまう。

 そして、オットーが6歳のとき、母親の勤め先の縁で移民手続きの話が進み、オットーにだけ迎えがやってくる。こうして仲のよかった父と息子は、海を越えて離ればなれになった。いつか再会をと願いアメリカで成人したオットーだったが、やがて世の中は第二次大戦に突入して…

 マサイアスとオットーが別れるころ(本の中間部分)までは、とても興味を持ってページを読みすすめたのだが、オットーがアメリカに渡ってのち、もうおそらくマサイアスとは会えないのだろうと思ったら、読むのがおっくうになってしまった。そしてそこから1年以上も放置してしまったのだが、最近になってそれはあまりにもったいないことだろうと、思い直した。そこでKindleを英語で読み上げてもらう設定にし、中央から最終部近くのまでを音声で聞きながら、ときおり画面で文字を追うようにして、読み終えた。

 ようやく近年になって、マサイアスのその後を知ることができたラストは、よかった。

 アメリカに渡ってから成人するまでは、オットーは生活の面では実母の影響下にあったが、周囲には上流階級の人たちがいて、観劇に連れていってもらうなど可愛がられた。そして空軍に進み、その後は事業をおこない、この本が出版された2017年のころは95歳でご存命とのことだった。

 著者が主人公と知己であること、また、ご本人が存命であることとで、前半に出てくるような人の身勝手な部分や、つらさのようなものが、後半にはあまり描かれていないように感じた。やはり書きづらいことがあるのかもしれない。

 英語の文章を楽しく読み慣れておきたいという人がいらっしゃれば、前半だけでも、おすすめしたい。

 最後になるが、わたしがこの本をKindleでダウンロードしたのは、ちょっとした縁だった。Amazon.co.jpのサイトで、検索欄にたったひと言 Vienna (ウィーン)と入力したところ、これが出てきたのだ。こういう縁で本を読むこともあるのだと、あのときその検索をしなければ出会わなかったのだと、その偶然を気に入っている。
posted by mikimarche at 15:35| Comment(0) | 人物伝