2020年09月06日

独りまつり - わたなべまさこ

 2003年ころ、昼のドラマで放映されていた「愛しき者へ」の原作で、わたなべまさこの漫画。現在はネット上で古本で購入するか、電子書籍で入手する。わたしはebookJapanの電子書籍で読んだ。



 時代はかなり古いのだが、代理母という現代でもまだ課題がある問題を扱っている。

 ビジネスと割り切って、代理母で大金を得ようとする女友達。彼女からきっかけを与えられた主人公の春菜。最初はまさか自分がそんなことをと思っていたが、ある富裕な女性から自分の夫の子供を宿してほしいと頼まれ、その夫と接しているうちに、やがて恋に落ちる。

 自分の出産した子供とは遇わせてもらえず、もちろん名乗ることもできないが、春菜はほどなく、自分が守っていかねばならない存在と出会う。

 タイトルの意味合いは、ラストシーンで明かされる。

 このテーマは、重い。そして時代に左右されない普遍性もある。

 わたなべまさこといえば、わたしは子供のころに「聖ロザリンド」などホラーっぽい作品を読んだ記憶があるのだが、この作品はまったく知らなかった。
 テレビドラマ版は、後半を中心に見た。自分の発案でありながら嫉妬に苦しむ妻の薫を国生さゆりが演じ、春菜は馬渕英里何(最近はお名前の漢字が異なるらしいが、当時はこのお名前)。ドラマは10年後までを描き、自分が生んだ娘と、自分が育てている男の子が登場する。

 あのドラマは、音楽もよかった。KOKIAの「かわらないこと」がオープニングで流れ、作中ではバイオリン曲が。
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2020年08月24日

43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層 - 石井光太

 2015年に、日本に大きな衝撃を与えた事件(10代の少年らが13歳の中学生を河川敷で殺害)があった。それは深夜に子供が顔見知りの少年らにより重傷を負わせれながらも川で冷水に浸かるよう強要された上、そののちも、刃物を含む肉体的な暴行を受けて失血死したというショッキングなものだった。

 本書は、被害者側ではおもに実父への取材、そして加害者側や当事者を知る人々への取材と裁判記録から、事件の奥にあるものを丹念に剥がすようにつづった記録である。



 それぞれの少年に共通していたのは、家庭や学校に居場所がなかったこと。そして友情ではなく、ひとりで時間を潰すよりはましだからとの思いから、つねに誰かとつるんでいたこと。

 それぞれの家族や家庭。学校での居心地の悪さやいじめ。そして非行事実の発覚で子供らの異変に気づくチャンスが何度かあっても、多くは高齢のボラティアに頼らざるを得ない保護観察制度の限界からチェック体制が形骸化し、実際にはほぼ誰も救われていかない現実。

 誰それがそのときこうしていれば被害者が殺されずに済んだ、あるいは何かのきかっけがあれば、加害者らがそこまで暴力に走らなかったと言えるような、そんな単純な要素はどこにもない。

 文中では仮名を多用しているとはいえ、やはり加害者側も含めて家庭の事情などががかなり記載されているため、以下をはしょって書くことを、お許しいただきたい。

 事件現場を地元として育った被害者の父によればだが、親が外国人で見た目がハーフの子は川崎にめずらしくない。ちょっと体罰を受けた経験くらいでは、子供が人を殺すことはない。被害者、加害者の境遇も、川崎という土地も、何かとりたてて特別だったというのではなく、何か理由をつけて誰かを排除したいときの、いじめの口実に使われた要素が、それだったという。そうした運が悪いことが重なって、息子は命を奪われてしまった−−。

 加害者個々人への恨みは強く抱いているものの、事件全体への思い、そして命を奪われたのがなぜご自分の息子さんだったのかについては運の悪さであったと、被害者父はそこに考えを落ち着けている。

 最後まで読めば事情もわかるが、著者は被害者側の家族としては父親の取材しかできていない。それ以外は公判での発言などに基づき記載している。前半ではそれについて「なぜだろう」と首をかしげたのだが、読み進めていって、合点がいった。

 多感な時期に子供が感じやすい疎外感、居場所のないつらさ、いじめなどに対し、すぐに効き目のある対策は存在しない。今後も子供たちが被害者または加害者になる事件も、残念ながら存在することだろう。

 その「今後の悲劇」を、ひとつでも減らすのに役立つならば、曖昧で不正確な情報のまま事件を風化させせず、発生から数年後で関係者の傷をえぐる危険性はあるにせよ、冷静なまとめとして、本書のような存在は必要であると、わたしは考えている。
posted by mikimarche at 01:05| Comment(0) | 実用(社会・事件)

2020年06月26日

ザ・プレイ - アリスン・ブレナン著 安藤由紀子訳

 2005年に発表の、著者デビュー作。本作は3部構成となっており、FBIアカデミーでともに過ごした3人の女性たちの、それぞれのその後を描くもの。1作目の本作は、いったんはFBIに勤め功績を残しながらも、ある事件をきっかけに引退して犯罪小説を書くようになったローワン・スミス(33歳)を描く。




 なぜこの本を買ってあったのか失念してしまったが、おそらく当時(数年以上前)に名前を耳にして、どうせ読むならばデビュー作だと思ったのではないかと思う。積んで忘れていたが、読みやすいので1日半で読めた。

 タイトルの「ザ・プレイ」は、追われる獲物の意味である。音で聞くと遊びのほうのプレイと同じだが、こちらはpreyだ。ちなみに神に祈るのもプレイだが、そちらはprayである。

 本作の内容は広い読者層に無難に受けいれられそうな設定になっており(主人公は才色兼備、白人でブロンド)、殺害されるのではと目される彼女を守るのには、関係者が雇った屈強でプロフェッショナルな男たち、そして狙われる理由が過去の捜査にあると踏んだ元FBI上司や同僚の全面バックアップといった、現代版の「姫」である。ただ本人は自衛能力があると強く主張しており、むしろ自分が狙われたほうが犯人が早く特定できると信じているようだ。

 あらすじとしては…
 自分の作品に登場するのと同じ人名の女性が、内容に合った状態で殺害され、現場には著書が残されていた。次の被害を防ぐために犯人の割り出しと狙われそうな女性の特定を急ぐが、本に書かれていないはずの、彼女個人の情報を犯人が知っていることがわかってくる。
 彼女は幼少期に悲惨な事件を体験し、トラウマから立ち直るためにもと、周囲のはからいで名前を変えていた。だが犯人は、ほとんど生きて残っていないはずの知人しか知らない過去を知っていた。いったい誰なのか?

 …というものなのだが、だいたいは、はらはらせずに先が読める。デビュー作にしては安定しているが、欲ばりすぎたのだろうか、性描写が多い。正直「またかよ」である。
 これは3部作であり、2作目以降はわからないが、本作にかぎって言えば「殺人事件が出てくるもののハーレクインロマンス」的なものかもしれない。

 フィクションをあまり読まなくなって久しいが、アメリカの人気作品の多くが、少なくとも1990年代までで考えるならスーパーヒーローに支えられていたと思う。頭がよい、美しい、何でもできる、である。だらしなさや、弱点があまり見られないものが、けっこうあった。最近はどうなのだろうか。

 そろそろ、違ったものも読める時代であると思いたい。
posted by mikimarche at 12:25| Comment(0) | フィクション

2020年04月26日

恐怖箱 怪医 - 雨宮淳司

医療に関係のある怪異を集めた本。不思議な話、幽霊話など、分類が難しいものが詰められている。
 


 

 聞き取ったものを採録しているという形式のため、怪談らしくオチをつけて物語にしているものはあまり多くなく、そこがなんとなく楽しい。

 あいた時間にちょっと怪奇話を楽しみたいという人には、とてもよいかと思う。

 個人的には、九州の精神病院を舞台にした話「ぞろびく」が好みだ。あとはもう、読んでくださいとしか言えない。
posted by mikimarche at 21:10| Comment(0) | 趣味(その他)

2020年03月03日

クレーヴの奥方 - ラファイエット夫人

 30年ぶりくらいに読んでしまったが、かつての愛読書である。わたしが高校のころに読んでいたのは1956年に青柳瑞穂訳で出版されたものだった。今回の本はそれ以降に訳されたもので、文章がだいぶなめらかになっている。



 よもや300年前の作品に対して「ネタバレした」という批判がくるとは思えないので、あらすじを書いておくと、史実と虚構を見事に交えながらパリの宮廷での乱れた色恋沙汰などを背景にしつつ、クレーヴ公に嫁いだばかりの若い女性とその思い人、クレーヴ公を中心に描く人間ドラマだ。

 描かれる立場である「クレーヴの奥方」は本当の恋を知ることもなく育った10代であり、クレーヴ公に嫁いでまもなく別の貴族に一目惚れしてしまうが、立場をわきまえて貞淑をつらぬこうと努力を重ねる。そして相手も彼女に恋い焦がれ、相思相愛であることに双方がうっすらと気づいている、という設定。

 いまの価値観で考えると、この相手の男(遠くからでも人目を引くほど美形の貴族で、女にふられたことがない)は、かなりの執着心で主人公を追い詰める。顔を合わせれば相手にも世間にも気持ちが知られてしまうからと、必死に会う機会を減らそうとする主人公に、男は断りにくい用件を作ったり、わずかな機会に乗じて家にやってくる。

 主人公は母親から立派な教育を受けて育ったため、夫以外の人間に恋心などをいだきたくないからと、隠居してでも(ねんのために書くが主人公は10代である)宮廷から遠ざかりたいと願うが、そうした苦悩を誰かに理解してもらうには、男への恋心を知られてしまう危険がともなう。

 やがて、奥方は、夫にその秘密を打ち明ける。あなたとの生活を守るためであり、自分は心静かに暮らしたいだけなのだから、宮廷から下がらせてくれ、と−−

 新しい訳で読んだことや、わたし自身が高校時代よりははるかに西洋史に明るくなっているためだろうが、素晴らしい作品であるとの評価をあらたにした。
 男女関係が乱れに乱れまくっている宮廷において、親から受けた教育をしっかりと守り、醜聞を何よりも恐れて身を律する主人公。終盤ではついに男に「あなたはいつかわたしを忘れる」とも言い切る。やたらとかっこよいのである。

 高校時代にわたしがこの本を読んで何よりも気持ちがスカッとしたのは、最後の文章であった。「やった、主人公が勝ったぞ」という思いだ。そして、しょせんこの男は…という小気味よさをかみしめた。

 だが、記憶が違っていたのか、翻訳した本の底本が何種類かあるのか、今回の訳では最終段落の印象がまったく違っていた。訳し方でここまで変わるとは思えないので、原文に何種類か違いがあるのかもしれない。
(のちほど編集: 英語版をダウンロードしてきたところ今回の日本語訳と同じようだったので、わたしの記憶違いかもしれない)
posted by mikimarche at 22:55| Comment(0) | フィクション