2019年05月09日

日本人なら必ず誤訳する英文 - 越前敏弥

 読みはじめる前に書籍タイトルを見ての印象は、実はあまりよいものではなかった。暇つぶしに読んでみようかと思った程度だったが、中盤のあたりから「なめていた」と気づいた。翻訳業にはいる前に講師歴が長かった著者だけに、間違いやすいツボのようなものをよくご存知だ。
 ごく一部に例文がひどすぎる例(難しいのは読み手の問題ではなく原文が悪文)もあったし、著者自身もそれらを悪文と書いているほどだったが、そうしたものは、なぞなぞを楽しんだ程度の感覚で読み流すことにした。



 わたしは普段から英語の新聞記事をよく読んでおり、耳からはいる英語としては大量の映像作品(ジャンルはホラー、SF、犯罪ものが多い)を楽しんでいる。語彙に富んだ表現の美しい英語をあまり頭に入れずに過ごした年数が、結果として長くなってしまった。英語のまま頭にはいってきている気がしてさらりと読んでいるだけでは、もしかすると理解はしていないのかもしれないと、本書の問いを読みながら考えた。

 100問以上の問いかけがあり、数問おきに日本語訳と解説が載っている。ぜひ面倒がらずに、提示された問いを頭の中で日本語にしてから、できれば口に出すか、紙に書くなどしてから、正解を読んでほしい。自分ですんなりと日本語に出せない場合は、英語の理解が足りていないのだと、思い知らされた。

 慣れているつもりになっている人こそ、読むとためになる本である。
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2019年04月21日

翻訳地獄へようこそ - 宮脇孝雄

 英語や翻訳、とりわけイギリスの歴史や文化に関心のある方なら文句なしに楽しめる一冊。また、文章の合間に紹介される書籍が面白そうなものばかりで、これを読みながらいったい何冊Amazonで「ほしいものリストに入れる」を押したことだろう。



 先にほめておいてこう書くのもなんだが、全体から見て最初の2割程度は、実はつかみどころがない。どうせ振り落とされる読者がいるなら最初にまず多めに誘いこんでおこうと、手探りしていたような印象を受ける。誤訳とはどういった面で多く生じるのか、こういう単語をこう解釈してしまうからつまづくといった、やや初級編のような話が多いことにとまどった。
 あれれ、この本、話題だとどこかで聞いたよなぁ…これはおもしろくなるのかと、考えはじめたあたりからテンポが上がった。多くを誘いこむよりも、冒頭から小難しく書いておいてくれたら発奮して食いつく読者がいると思う。読みつづけていてよかった。

 著者はイギリスの話題に造詣が深いようで、アメリカの作品を事例にとるよりもイギリス作品や、参考としてオックスフォードの英英辞書類の話題が多く出てくる。言葉をたんに訳すのではなく、その背景を知るための努力をいとわないことが翻訳には不可欠であると、文章で読み手を引きつけながらさまざまな参考書籍を紹介。

 ドアを押して開けるのがあたりまえの国に住んでいる人は、逆の文化圏の小説を訳すときに「入室」、「退室」すら間違えてしまいかねない。ナースは現代の文章なら看護師だが昔の文章なら子守や家庭教師。イギリスの中流以上の家庭では普通の夕食時間が遅めであることを考慮しないと、あたかも夕食のあとの夜食であかのように勘違いして訳す危険性も生じる−−そういった事例を紹介しながら、技術的な面(読み手にとってのリズムと情報を頭に入れる順番を損ねないように、できるだけ語順を活かして訳す)も解説。

 しばらくのあいだ、本書に出てきた本たちを眺めることで、読書の楽しみに浸れそうだ。
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2019年04月09日

逃げろツチノコ - 山本素石

 昭和後期に懸賞金騒ぎでもてはやされ、一部自治体の村おこし、町おこしでも話題になったツチノコ。その流行の先駆けとなる活動をしてきた著者は、1960年代から10年以上の長きにわたって同好の士(構成員はおもに中年男性)らと、ノータリンクラブという名でツチノコを追跡した。
 目撃例を聞けば駆けつけ、地元の協力が得られる場合は出現場所に数日以上もとどまって各種の工夫(罠をしかける、燻してみるなど)を凝らしては出現を待った。
 はたから見れば金も時間もかかっている活動だが、それぞれの参加者には職業や趣味があり、あくまで「出てきてくれれば本望だが、見つからない場合は現地で釣りでもしよう、あるいはあれをしよう、これをしよう」といった、心の余裕がある人たちばかりだ。だからこそ長くつづいたのだろう。
 


 全国的に、ごく一部の県を除いては伝承や目撃例があるツチノコ。地域によって呼び名は違えど、特徴には共通する部分も多く、つい昭和前半のころまでの具体的な目撃例が各地にあることを思えば、絶滅してしまった何らかの生きものがいたのではないかと、そんな風に思えてくる。

 たとえば、以前にどこかで読んだのだが、ニホンオオカミは野生での最後の目撃例がある10年前まで、上野動物園に展示物として飼育されていたという話があるそうだ。絶滅するなどと思ってもいなかったから飼育をやめたのではないだろうか。
 図鑑や本に記載されずに一部の人だけが知っている生きものはいつの世にも存在するが、それがたまたまツチノコだったのではないだろうか。有名になるころには絶滅に瀕していた可能性は、無下に否定できない。

 著者は活動にひと区切りを付けるころ、世の中のバカ騒ぎ(懸賞金など)や、その流れで自分を知った人物からみょうな話を持ちかけられた件を通じて、ツチノコへの思いを新たにした。いてくれたらありがたいが、人間にはつかまらずに暮らせと、そう考えるにいたったことが、本書のタイトルになっている。

 全体的に、語り口は軽妙。現代の目から見ると昭和のオヤジ臭が強いかと思える場所もあるが、慣れてしまえばそれも味がある。

 ツチノコの目撃談をご本人たちが存命のうちに聞きとりできた時代の本(初版は1973年)であり、たいへん面白く読めた。わたしは電子書籍で読んだが(Amazon Kindle Unlimitedでは本日現在無料)、ソフトカバーでも出版されている。
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2018年08月26日

HTML&CSSとWebデザインが1冊できちんと身につく本 - 服部雄樹

 このブログが7月まで掲載されていたドメイン(mikimarche.com)では、最近リニューアルをおこない、小規模のお菓子屋さんがウェブで情報提供をしたい場合に役立つ情報を掲載している。そういうサイトを開始した以上は、自分でもHTMLやCSSについて学び直したいと思い、本書を購入してみた。今回はKindle版(電子書籍)での購入だったため、作業があっという間に進み、約10日で内容をすべて実践してみることができた。
(ちなみにKindle版と活字版は同価格であるので、購入はお好みで、どちらでも)



 HTMLとは何か、CSSとはといった言葉がよくわからないレベルの人であっても、丁寧に解説してくれている。また、わたしのように大昔に古いバージョンのHTMLならば学んだが最近のHTML5は知識があやふやといった人間にも、頭の整理ができるようになっている。正直なところ、思ったほどHTML5は難しくないし、CSS3と組み合わせることでデザインの可能性がかなり広がることが体感できた。かつてならば画像を多用して対応したような画面の効果が、HTMLとCSSだけで実現できることも多い。
 たとえば20年前ならば、カーソルが置かれた場所のリンクボタンの色を変えるといった場合、画像を2種類用意することが多かったように思う。だが現在ではカーソルが置かれたとき画像の透明度を変更して色が変わったように見せることもできるし、画像ではなく文字と背景色だけなのに見やすいイフェクトをかけることも簡単である。

 本書では、まずサンプルとして短いHTMLを作成し、それを改編しながら別名保存しては、各種のページづくりが体験できるようになっている。結果として作成されるHTMLは6ファイル、それらのデザインを担当するCSSは1ファイルできあがる。写真撮影の専門家が仕事のウェブサイトを持ったらという設定なので、練習しながら作っていくページの仕上がりも、視角的に美しい。

 HTMLコードのすべてを手で打たなくても、Kindle版なら多少は画面コピペという技が使えるのだが(余分なスペースやKindle版からコピーしたという情報が含まれるのでそれらを除去する手間はかかる)、もし活字版を購入した場合であっても、心配は要らない。最初に関連ファイルをダウンロードさせてくれるので、わからないときはそれを見ながらスペルミスなどを見つける作業も容易だ。

 余談だが、綿密に1行も飛ばさず入力している自信がある人であっても、途中でふり返ってはいけない。実は6章のあたりで、それ以前に作ってきれいに仕上がったページのデザインが大きく崩れる。気づかなければよかったのだが、たまたま終わったページを見てしまい、わたしはそこであわててしまった。何が悪かったのかと時間をかけて調べてしまったが、そのこと(いったん崩れる状態)自体が、正常だったらしい。しばらく読むと著者が「さて、以前に作成したページのデザインが崩れてしまっているので、ここで直しましょう」と…あれは心臓に悪かった。

 かなり丁寧な本である。おすすめ。
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2014年05月20日

世界の美しさをひとつでも多く見つけたい - 石井光太

 どうしてこの本を読もうと思ったのか、つい数週間前のことなのに思い出せない。何冊か注文しようと思っていて、ついでなので新書サイズのものを何かと考えたとき、あれれポプラ新書ってなんだっけ、あまり知らないぞと、出版社名で興味を感じた。創刊から間もないものらしかった。それで何となく、注文した。

 そのとき書籍名から受けた印象は、実際の内容とはまったく逆で、現実離れした「きれいなもの」を追う本かもしれないというものだった。だが、そう危惧しつつもけっきょくは注文したのだから、やはり何らかの予感があったのかもしれない。



 著者はこの十年ほどでとくに活躍されているドキュメンタリー作家であるらしい。ご自分の幼少期から感じていた世の中への思い、たとえば育った土地が成城であったためお坊ちゃんと見なされてきたことなど身をもって感じた社会の格差や、周囲の邸宅や同級生の家庭で実際にあったバブル終焉のすさまじい破壊力などを綴りながら、なぜ自分は二十代のうちに作家としてデビューすることを考え、それをなんとしても実行に移そうと奮闘していたかを語っていく。

 アジアへの旅。そこで見た難民キャンプの光景。著者はそこで、のちのちまで頭から離れない体験をする。その後も資金を確保しつつ何度もアジアを中心に滞在するも、ときには心身ともに疲弊して、ぼろぼろになりながら、また新たな題材を見つけて取材を重ねる。その体験の過酷さは、読む側にときとして「なぜそこまで」という思いをいだかせるに違いない。

 一概に誰が善悪であると決められないほど深い社会の闇、被害者が加害者になっていく構図が、どこの国にも出てくる。マフィアにさらわれ赤子のうちは物乞いの小道具として使われ、そののち本人に物乞いさせるため故意に体を傷つけられる子供たちが、長じてからは自分が赤ん坊をさらい、加害者になることもある。また、襲撃した村の少年に家族を殺させ少年兵へと育てた人間が、実は本人も幼少時の被害者であることもある。善悪では片付けられない問題に、人は無関心でいることもできるかもしれない、知って無気力になってしまうかもしれない、だが著者のように、それを綴って人に知らせることを使命と考える人もいる。

 書籍名でもある「世界の美しさ」、人が見つけようとする光とは何か。それは純粋ではあるかもしれないが、とても重い含みのあるものだ。

 海外の取材がひと区切りついて日本国内の題材に目を向けつつあった著者は、東日本大震災を体験する。そして宮城を中心に被災地入りし、遺体安置所を取材した。丁寧に人に接するからこそ描けるものがある。関係者や遺族からメールが来た描写が胸を打つ。真剣に向き合って、人間関係を築きながらの取材だからこそ、たがいの真摯な思いが新たな出会いを生むのだろう。

 本書は著者のこれまでの活動や著作にまったく触れてこなかった人間にもわかりやすく、簡潔ながらも行間からにじみ出てくるものが、確実に胸を打つ。ほかの作品も、ぜひ読んでみたいと考えた。わたしは何もできないただの個人だ。社会的な影響力もなければ実行力もない。だが綴って人に知らせることを使命と思う作家がいるなら、読んで何かを感じることこそ、ただの個人ができる最大の貢献だろうと、考えてみることにする。
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