AmazonのKindle Unlimitedにあったため、ひさしぶりに読んでみた。横溝正史の作品で、あまり映像化もされていない、そこそこ地味な話である。
この物語の悪役は、話の冒頭で殺害された自称霊媒師(女)と、最後の最後まであがいてその邪悪ぶりを見せつける自称祈祷師(男)である。救いようのない悪(わる)であり、推定だが何十人もの人々を食い物にしてきた。
この作品を最初に読んだのは小学生か、あるいは中学生だったかと思う。わたしは年上に囲まれた環境で育ち、いまから思えば子供には有害と思える雑誌や書籍を自由に読んでいた。周囲の干渉が少なかったことに、今更ながら感謝している。
この作品は露骨ではないが性描写があり、男女の営みがわからなかったはずの当時のわたしには、一部を除いた状態で、ほぼ正確に記憶された。その一部については後半に述べるが、ようするに悪(わる)の男女がいかに悪であったかについては、正確に理解できていたようだ。
むしろ、当時がわからないと理解できない固有名詞(たとえば煙草の銘柄で「新生(しんせい)」が出てきたりすると、お手上げだった。おそらく煙草なのかなとは想像できたが、何かの新品という意味で当時はそういう言葉があったのだろうかと考えても、結論は出ない。親などにはもちろん聞けない。そんなフィクションを読んでいるのかと、要らぬ介入を受けることになるからだ。
そして当時の子供にはインターネットという存在がなかったので、いまふうに言えばググることもできず、謎は最近にまで引きずられた。


さて、この作品は横溝正史の金田一耕助登場シリーズの中では異色で、金田一はあまり出てこない。ときどき、主人公ではない別の登場人物が相談している探偵として登場し、最後に、あまり自力でしゃべれなくなった人物に変わって真相を周囲に語る役割で出てくるのみだ。
悪の男女は、共謀していた。多くの人(おもに女性)を脅して金をむしりとったり、男はそれら被害者に無理やり性的な関係を継続させて、心身ともに隷属させていた。
女が殺されたことで信者が減り、男はこれまで恐喝してきた人間たちからさらなる金をむしり取ろうと焦るが、なぜか周囲から、自分がつなぎ止めていたはずの女(被害者)らが、新しい生活を選ぶなどして、逃げ出していく。ひとり、またひとりと消えていく。
実は、男に隷属させられていた女性たちが逃げやすいように、用意周到な策を講じている存在があった。
ある意味で復讐譚であり、同時に、愛する者を失った人間がその胸の痛みをこらえながら、あらたに紡いでいく希望への糸を描いている。
子供のころ、初回ではやたらと感動した。ラストでは胸が詰まった。ストーリーは大部分をきちんと記憶していたことが確認できたほか、当時はどこに感動したのかを思い出せるが、読み直してみた現在のわたしには、別の部分が気になった。
祈祷師を名乗る男と、共犯の霊媒師は、普通に人から頼まれて祈祷をすることもあっただろうが、これぞと思う金づるには睡眠薬などを飲ませて性行為をしたり、裸体を撮影するなどして、それをネタに脅していた。それに耐えきれず自殺する者、長きにわたって脅し取られつづけている者がいて、それら被害者により、ふたりは財をなしていた。
ただ、別の被害者がいて、わたしにはその部分が理解できず、初回に読んだときから今回まで、少し勘違いして記憶していたようだ。
つまり、裸体を撮影されたなどの物理的な脅しではなく、気持ちが弱っていたころ性的関係を結ばされてのち、その祈祷師の体の魅力に抗えなくなってずるずると妾のような間柄にさせられている、ほんとうは逃げたいと考えている、というものだ。
ポルノ小説ではないので、その祈祷師がどう「すごい」のかは描かれていない。だが登場した際の人物描写も、むしろ絵に描いた祈祷師のような、いかにも俗物っぽい雰囲気を1〜2行程度で終わらせている。人間として魅力やカリスマ性があるような描写もない。
物語の中で、中盤から考えても少なくとも3名の女性が、ほんとうは別れたいのにいいなりになってしまうのは、その男の性行為がよいから−−ということになっているようだ。正直、これは、あまりにもお粗末なのではと、考えざるを得ない。
ここが理解できず、子供のころのわたしは、被害者らは全員が(写真などで)脅されていた、と思ったのだろう。
たとえばだが、「この男と関係ができてしまったせいで家族とうまくいかなくなった、ここまで来てしまった以上、家にはもどれないし、ここにいるしかない(ほかにいる場所がない)」という、自分の現状を恥じるようななりゆきで仕方なく一緒にいるならばともかく、性行為がすごいから、嫌だけれど離れられないなどということが、実際問題として、あるのだろうか。
こういう、男性が性的にすごければ女性は近くにとどまるといった。世間の与太話みたいなものは、当時は許容されたのかもしれないが、現代ではちょっと無理だ。作者が「自分は知らないが、どこかにそういう絶倫な男がいるんだろう」という程度で話を書くのは、安っぽいことこの上ない。
悲しいかな、フィクションと現実をごちゃ混ぜにして、女性をさらってきて監禁すれば自分たちのいいなりに飼い慣らせると思ったなどと供述する性犯罪者が実在する世の中だ。
過去の作品であれ、あまり突っこむのは野暮かもしれないといった遠慮もほどほどに、わたしはこれからも、気になった件は書いていきたい。
posted by mikimarche at 21:35|
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