海なし県に生まれ育ったためか、山に関する話は実感を持って感じられることが多く、子供のころから地元でささやかれる話に親しんできた。
そして、佐々木喜善が集めた話を礎とし、その後は柳田國男によりさらに有名になった遠野の物語に魅せられて、わたしは多くの山の民話を読んだ時期がある。
本書はそれまで山岳関係の雑誌に掲載されるなどしたものを2005年にいったん本として発行し、さらに2016年に、内容を充実させて新刊にしたものだそうだ。
(わたしはKindleで読んだが、活字版もある)
不思議な話といっても怪談めいたものばかりではなく、純粋に「不思議」である。それも体験した人たちの口から出た言葉を咀嚼して文章につづっているので、著者が取材した当時に誰かがそういう体験を語ってくれたという現実味もある。
登山のベテランや捜索のプロが探しても発見できなかった遭難者や遺品を、のちに山に関しては素人である家族が訪れると、見つける事例があること。
山に慣れていない人が、誰かが大声で遭難してうめいていると警察を呼んでしまっても、知っている人が聞けば、鳥の声であること。
誰もくるはずがないほどの悪天候に山小屋を訪れた女性を、小屋の人間が幽霊だと思ってしまったことや、暗い山小屋でほかの利用者に声をかけるタイミングがなく困っていた男性が幽霊に見間違えられ、ようやく誤解が解けたところで、単独行なのに「先ほど顔が見えた女性も一緒に」と誘われたこと。
どれも、味わいがある。
中には人間の傲慢さや醜さを描写する、不思議な話とは趣の異なるものも含まれていたが、わたしはそれでこそ味わいがあってよいと感じた。
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