本書は、三国(さんこく、三省堂国語辞典)の第七版で著者らが掲載候補と語義を吟味していく過程を読みものとしてつづったものである。上記の映画に出てきたような街頭での言葉使用例の収集(かならず撮影などして日付とともにデータを残す)や、映像作品やテレビのニュースを丹念に確認する作業が描写されている。また、映画の原作内にあった「愛」の語釈についても、編集仲間のみなさんと語り合ったことが記されている。
他社の辞書との特徴や用例の違いを踏まえながら、わかりやすい語釈を検討していく流れは、読んでいてとても楽しい。
たとえば、右と左について。紙の辞書が主流であった時代は「この辞書の偶数ページが表示されている側」といった定義づけも考えられたが、電子書籍が主流になれば同じ表現は使えない上、読み上げて人に聞かせている場合には読んでいる人と情報を得ようとしている人が別人であるため、そもそも「この辞書のページの」という表現が、適切ではなくなる。
最終的には新明解(他社)などで使われていた方法を視野に入れつつ、文字の右側部分(たとえば「リ」なら長いほう)を使った説明を足すことに落ちついたようだ。
キャバクラの欄は、思わず吹き出した。広辞苑が「キャバクラ」という言葉の掲載を見送ったのは、辞書を編纂する人びとの中にキャバクラに行った経験がある人がなかったからだという記事が、2008年にzakzak(夕刊フジの公式サイト)に載ったことがあるそうだ。著者もまた同じような話の流れを経験したが、掲載の可否を迷っていた時期にテレビ番組に誘われ、キャバクラの取材に行く機会を得たとのこと。2時間ほど滞在したというが、それまで頭で考えていたキャバクラの語義は、現地の従業員の方のお墨付きをもらったそうである。
三国は、現在使われている言葉をわかりやすく掲載することを念頭においた辞書だそうだ。電子化された辞書製品が増えていくご時世で、手に取れる厚さの辞書にこだわらなければならない事情が緩和されていく将来であっても、むやみに語数を増やせばよいとは考えていない様子。
三国にはアプリ版があるとのことで、いつか買ってみてもよいかなと、そんな風に感じた。