先にほめておいてこう書くのもなんだが、全体から見て最初の2割程度は、実はつかみどころがない。どうせ振り落とされる読者がいるなら最初にまず多めに誘いこんでおこうと、手探りしていたような印象を受ける。誤訳とはどういった面で多く生じるのか、こういう単語をこう解釈してしまうからつまづくといった、やや初級編のような話が多いことにとまどった。
あれれ、この本、話題だとどこかで聞いたよなぁ…これはおもしろくなるのかと、考えはじめたあたりからテンポが上がった。多くを誘いこむよりも、冒頭から小難しく書いておいてくれたら発奮して食いつく読者がいると思う。読みつづけていてよかった。
著者はイギリスの話題に造詣が深いようで、アメリカの作品を事例にとるよりもイギリス作品や、参考としてオックスフォードの英英辞書類の話題が多く出てくる。言葉をたんに訳すのではなく、その背景を知るための努力をいとわないことが翻訳には不可欠であると、文章で読み手を引きつけながらさまざまな参考書籍を紹介。
ドアを押して開けるのがあたりまえの国に住んでいる人は、逆の文化圏の小説を訳すときに「入室」、「退室」すら間違えてしまいかねない。ナースは現代の文章なら看護師だが昔の文章なら子守や家庭教師。イギリスの中流以上の家庭では普通の夕食時間が遅めであることを考慮しないと、あたかも夕食のあとの夜食であかのように勘違いして訳す危険性も生じる−−そういった事例を紹介しながら、技術的な面(読み手にとってのリズムと情報を頭に入れる順番を損ねないように、できるだけ語順を活かして訳す)も解説。
しばらくのあいだ、本書に出てきた本たちを眺めることで、読書の楽しみに浸れそうだ。