目撃例を聞けば駆けつけ、地元の協力が得られる場合は出現場所に数日以上もとどまって各種の工夫(罠をしかける、燻してみるなど)を凝らしては出現を待った。
はたから見れば金も時間もかかっている活動だが、それぞれの参加者には職業や趣味があり、あくまで「出てきてくれれば本望だが、見つからない場合は現地で釣りでもしよう、あるいはあれをしよう、これをしよう」といった、心の余裕がある人たちばかりだ。だからこそ長くつづいたのだろう。
全国的に、ごく一部の県を除いては伝承や目撃例があるツチノコ。地域によって呼び名は違えど、特徴には共通する部分も多く、つい昭和前半のころまでの具体的な目撃例が各地にあることを思えば、絶滅してしまった何らかの生きものがいたのではないかと、そんな風に思えてくる。
たとえば、以前にどこかで読んだのだが、ニホンオオカミは野生での最後の目撃例がある10年前まで、上野動物園に展示物として飼育されていたという話があるそうだ。絶滅するなどと思ってもいなかったから飼育をやめたのではないだろうか。
図鑑や本に記載されずに一部の人だけが知っている生きものはいつの世にも存在するが、それがたまたまツチノコだったのではないだろうか。有名になるころには絶滅に瀕していた可能性は、無下に否定できない。
著者は活動にひと区切りを付けるころ、世の中のバカ騒ぎ(懸賞金など)や、その流れで自分を知った人物からみょうな話を持ちかけられた件を通じて、ツチノコへの思いを新たにした。いてくれたらありがたいが、人間にはつかまらずに暮らせと、そう考えるにいたったことが、本書のタイトルになっている。
全体的に、語り口は軽妙。現代の目から見ると昭和のオヤジ臭が強いかと思える場所もあるが、慣れてしまえばそれも味がある。
ツチノコの目撃談をご本人たちが存命のうちに聞きとりできた時代の本(初版は1973年)であり、たいへん面白く読めた。わたしは電子書籍で読んだが(Amazon Kindle Unlimitedでは本日現在無料)、ソフトカバーでも出版されている。