本書は、輝いていた映画館と一流のフランス料理店を手がけた男性、佐藤久一の物語だ。
グリーンハウスは佐藤久一が大学を中退してすぐに支配人を務めた映画館で、もともとはダンスホールであった場所を父親が買収したものだ。なんの変哲もない場所だったが、彼は次々と斬新なアイディアを出して一流の社交場に変え、市内や近郊の人々はお洒落をして出かけたいと思う場所に育てあげた。
上映作品の選び方や実際の配給も東京の有楽町と遜色なく、映画館の雰囲気や機材のすばらしさもあって、淀川長治や荻昌弘にも知られた存在だった。
いったんは坂田を去り、東京で劇場に勤めた佐藤だったが、ふとしたことから食材の仕入れ部署をまかされる。そのとき、どの映画作品を自分の映画館に買い付けるかを考えていた時期の楽しみとそれがまったく重なることに気づいた。同時に、食材を集めても最後までの責任(調理や給仕)に関与できないことに物足りなさも感じていた。
そんなとき、坂田にいる父親からフランス料理店を出さないかと声をかけられ、周囲に声をかけて(人材を引き抜いて)故郷にもどる。そこで彼はまず「欅(けやき)」、そしてのちに、本書の題材のもういっぽうである「ル・ポットフー」に心身を捧げることとなる。
…ひと息に読んだ。
何と愛すべき人物像だろう。関係者や直近の人間にとっては、ときとして困る状況になったことは想像に難くないが、天才と呼ばれる人、後世に名を残した人の何割かは、そうしたものだろうと思う。
あとがきによると、著者は定年後に姉の知人(佐藤久一の妹)から話を聞かされ、数年かけて取材活動をおこなった。よくぞ掘り起こしてくれたと、お礼を言いたい。