2016年02月07日

ミラノ 朝のバールで - 宮本 映子

 十歳の誕生日に姉から贈られたイタリアの写真集。少女は毎日それを眺めては、一方通行であることを承知で、あこがれの著者に日々の出来事を書きつづった。そして一年も過ぎようかというころ、少女のもとに届いた一枚の葉書。そのころから少女の思いは、まっすぐにイタリアに向かっていた。



 本書は、イタリアでのウェイトレス募集を知り若くして日本を飛び出した女性のエッセイ集だ。現地男性との運命の出会いと結婚、そしして二児を出産し、現在もイタリアのミラノに暮らす著者。飾らない人柄と自然体の文章、そしてみずみずしい感性が、いたるところにあふれる。

 冒頭の「父の言葉」において、わたしはすでに、心をぐいとわしづかみにされた。あとは夢中でページを繰った。

 小学四年生のとき「箸のそんな端っこを持って食べる映子は、たぶん遠くへお嫁に行くんじゃろう」と、父親に声をかけられたそうだ。そんなことが現実にならないようにと心から祈りつつも、気づくと箸の端っこを握っている自分がいた。そして海を渡ってミラノに暮らす現在も、たまに食べる和食で同じことに気づく。だが父母のもとを離れても、とても平凡な気持ちで日々を送っている、そういう文章だった。

 産後のうつや、幼いころからの持病など、けして順風満帆だったわけではない異国での暮らし。だが子供たちや周囲の人々、夫の家族など、多くの人に囲まれた暮らしの描写にはつねに明るさがある。読んでいる側であるわたしにも、太陽が降り注いでいるような感覚と風を感じた。

 あとがきで正式に明かされるが、冒頭で紹介された写真家N氏とは、西川治氏である。
posted by mikimarche at 23:05| Comment(0) | エッセイ
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