2013年03月05日

ペコロスの母に会いに行く - 岡野雄一

 ふとしたことから読んでみた漫画。ところどころに文章もつづられているので、完全な漫画本ではない。すでに自費出版で世に出ていた二作品から、抜粋と再編集をしたものだという。



 テーマは重いはずなのに(認知症老母)、人物像は可愛らしい。吹き出すところもあれば、認知症高齢者を身近にしている立場として、素直に笑えない部分もある。それは、結果として可愛く見えても、作者がこの描き方をする気持ちにたどり着くまではそんなはずがなかっただろうと、裏側に目がいってしまうためだ。

 認知症にありがちなこととして、会話に死んだ人の話は出てくる(生きている人として)、目の前の子供を中年の親戚と思っている(なぜなら自分の子供は幼いはず)、ないものが見えている(針のないはずの手で何かの布を縫っている)などは、日常的に見られる光景。他人の話ならげらげら笑えるのだが、目の前にいると気持ちがげんなりすることも。

 わたしも認知症の記録としてブログを書いているし、自分の親にもときどき報告するのだが、親はわたしの話を聞いて「たいへんだね」と言うこともあれば「悪いけど笑っちゃうね」と正直に言う。

 世の中には、笑ってもらう方法でしか、伝わりにくいことがある。笑ってもらえるだけでもいいやと、卑屈になっているわけではないが、黙って我慢するより、大きな声で表現をして、人に笑ってもらって、広く世間に知ってもらうほうが、建設的かもしれないと考えることがある。

 この作者さんもまた、卑屈になっていたわけではなく、ただ、表現したかっただけだろう。そして、クチコミなどで人に知られてきて、こうしてわたしが本を手にすることになったきっかけは、多くの人が「ほのぼのする、可愛い」と感じたことによるはずだ。

 実際、この本を知るきっかけになったのは、家族が詩人の伊藤比呂美さんが紹介していたのを見たからだというが、伊藤さんは本書の後書きのなかで、第一印象として「老い果てた老女のかわいらしさ。生きることの切なさ。」に惹きつけられたと書かれている。

 可愛いはずなんかない。何をしでかすかわからない。混乱してライターやガスコンロの火に触ったらどうしよう、1時間だって留守になんかできない…そんな気持ちを味わったことがある人なら、体験を大きく表現していこうという気持ちに切り替わるまでに長い時間が必要ということが、実感できると思う。

 薬とケアが効いて本人が落ち着く、そして介護する側が慣れてくることで、その状態から醜悪さが薄れ、やがて、何かが別の形で表面化してくる。そのひとつが「可愛さ」であり、それは人にとってもっとも「とっつきやすい」面でもある。

 すべての読者がそこまで考える必要があるとは思えないが、見た目ほどには軽い本ではない。ずっしりと重い。

 最後に。
 作品名にあるペコロスとは、小タマネギ。著者の頭頂部がツルツルで、作中で老母がその頭部をよくハゲと呼び、ペシッとたたく。それを象徴したタイトル。
posted by mikimarche at 16:05| Comment(0) | 実用(その他)
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