2013年07月27日

ローマ法王に米を食べさせた男 - 高野誠鮮

 読み終えて、まさに「やられた」のひと言。半分は、もちろん業績に関して。残りは、この本の構成。

 読後に検索したところ、著者はテレビなどで話題になることも多く有名な人らしいが、わたしはただタイトルと副題にあった「ローマ法王に米」と「過疎の村を救った」だけで買ってしまったので、予備知識はまったくなかった。



 読みはじめは印象がいまひとつで、20ページあたりでやめてしまい、数ヶ月のあいだ積んでおいた。こう書いては著者にも織田裕二さんにも失礼かもしれないが「やたら突っ走る青島(踊る大捜査線)風の公務員を本人が描写すると、この明るさがひたすら読みづらい」と、思ってしまったのだ。もう少しはっきり書くと、文体にチャラさと紙一重のもの(調子づいているというのか、浮ついているというのか、自慢の気配)を感じとった。

 だが限界集落や農業の話はどうしても興味があるので、ふたたび読みはじめた。印象がぬぐえたわけではないが、行動力とマスコミの使い方に目を見はるものがあり、残りは二日ですべて読めてしまった。

 マスメディアに注意を向けさせ、きっかけの火だけ点けたらあとは現実をそこに近づける(中身を充実させていく)という方法で、農業を中心に著者は力を入れてきた。過疎の進む集落に若い人々を泊まらせたり、米に付加価値をつけたり、新たな商品を売り出したりと、まるでフィクションのように話が流れる。

 役所という古い体質の職場での軋轢はもちろんあったが、頼れる上司の言葉に甘えてそれらをはねのけ、稟議書は書かない、判断や許可は求めない、信じた道を突きすすむ。失敗も多くあったのだろうが、明るく楽天的な性格であるらしく、軽くさらりと書いて終わるか、新しい視点からそれをプラスに転じたことが記される。

 ローマ法王に手紙を書いて、町名の「神子原(みこはら)」は神の子と書くのでお米をいかがですかと、普通の人はなかなか考えつかないし、ましてや実行などしない。書くところまでは紙と郵便代だけなので、書かないよりはまし。書かなければ0のままだが、書けば1になるかもしれない−−そういう姿勢を、著者は貫く。言うのは簡単だがやる人は少ないような、あらゆる場面で、手紙を書いては結果を待った。

 農業や過疎の問題だけではない。P.129以降では、人工衛星を使った米の品質データにも目を向けた。それまで日本でそのデータを入手しようとすると数百万円単位かかっていたものを、格安の方法を見つけただけでなく、関係先に営業するから神子原のデータは無料で撮影してサンプルとさせてくれと、特別にゼロ円で入手。さらには地方自治体などの窓口となり、取り次ぎ役としての行政ビジネスまではじめた。

 たしかに、スーパー公務員かな、とは思う。

(あとがきによれば、著者にとってスーパー公務員は白洲次郎のみとのこと。よって書籍タイトルや売り出し方は編集担当者の判断なのだろう)

 だが、読んでも読んでも、やはり冒頭で感じた「青島」な雰囲気が消えない。なぜこの人はこんなに明るいのか、なぜ自身たっぷりに突っ走れるのか…青島はテレビのキャラだが、これは実在の人物だ。だがやっと、P.166以降まで待たされて、理由がわかってきた。わたしのほうにまったく予備知識を持たない読者には、効果的な構成だ。

 マスコミの操縦ノウハウは、著者の前職に関係があった。つまり青島くんと同じで、最初から公務員ではなかったということだ。

 そして保守的で失敗をおそれる人が多い地元との関係。毎日のように熱血公務員が「農産品はJAに頼らず、自分たちで売りましょう」と詰め寄ってきても、とりあえず聞くくらいは聞く姿勢を彼らが示しつづけたのは、著者の家業に少なからず関係があったように思う。著者の家は、何百年もつづく、ある職業についていた。そして本人もその資格を持っている。まったくのよそ者が理屈を振りかざして演説をしているのではなく、お互いに、話をしていればいつかどこかで落ち着くという思いが、あったように想像できる。腹が立っても、著者に出ていけとまで一喝できない(乱暴なふるまいは多少あったようだが団体としての拒絶ではなく個人的な行動)、そんなぎりぎりのところで彼らが踏みとどまれた理由のひとつと、考えてもいいのではないだろうか。

 本書において、羽咋市の米など農産物に関し、とんとん拍子に話が進むのは2000年代を描いた部分である。そして上記のP.166あたりから、話がいったんUFOになり、著者の前職と家業が出てくるのだが、それらの内容は80年代から90年代にかけてのこと。時間がもどって少し混乱するが、この構成はうまい。最初から時系列だったら、まとまらない本になっていたはずだし、タイトルも異なっていたことだろう。

 著者の手腕と自信に関しては「UFOの実績あっての神子原米」、といったところか。

 神子原米は食べたことがないし、何回も何回も羽咋市の読み方を確認する有様だが、こんな事例のある場所として、いつか石川県に出かけてみたくなった。
posted by mikimarche at 21:05| Comment(0) | 実用(その他)
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