2018年03月18日

東京23話 - 山内マリコ

 東京が好きである。だがずっと住んでいても知らない場所や気づかない情報が山ほどある。人の目と脳は、出発地と目的地のあいだをただの風景として認識してしまうことが多いのだろう。だがそこには人がいて、生活がある。何かに気づくことができたら、そこから楽しみが無限にひろがる。



 東京は広い。そして人が多い。たとえ近隣の区であっても日々新しい発見がある。すぐ近所の道だというのに、数年のあいだ横目で美容室か洋品店だと思っていた店が、実はパン屋だったと気づいて自分に苦笑したのは半年前だった。そして、閉じてしまった店の跡地が更地になっているのを見て、何屋があったか思い出せないのは日常茶飯事だ。

 この本を読もうと決め、まず目次を開いた。23区と、特別参加の武蔵野市(言わずと知れた吉祥寺がある市)が、それぞれ擬人化されてひとり語りで生い立ちを語る構成だ。

 文京区は文豪の街として「吾輩は文京区」と語り、江戸時代には陸地のほうが少なかったが現在ではウォーターフロントを自認する江東区は、都市博が中止になったことで青島元知事に恨み節があるようだ。大田区と言えば羽田。アメリカの占領軍に48時間以内に出てってくれと追い出された住民と、有名な大鳥居の逸話。石井桃子氏がくまのプーさんを翻訳するきっかけになった杉並区の旧犬養毅宅にゆかりの「かつら文庫」は、現在も児童図書館として土曜日の午後に開館している。
 旧古河庭園などを設計したジョサイア・コンドル。実は荒川が流れていない荒川区。かつてはたくさんの人々が住んでいた、高島平の団地で知られる板橋区。中野区と言えばブロードウェイ、などなど。

 どれも楽しく、わくわく読んだが、唯一の例外は23区の最後にあった江戸川区だ。日本インド化計画ということで、漢字以外の部分をカタカナで書いていた。読みづらいし、読みたくなかった。外国人のたどたどしいしゃべりをカタカナで表現するというのは、いまどきどうなのか。

 23区はさすがに広すぎるので、杉並、中野、練馬など3区ずつを単位にした本でもあったら、読み応えがあるのではないかと思う。まるで選挙区のようだが、東京のことだから、3区ずつくらいであっても、分量としては1冊の本にうまくまとまるだろう。
posted by mikimarche at 21:55| Comment(0) | 実用(歴史・文化)
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