2021年08月08日

あるフィルムの背景 - 結城昌治

 1960年代の作品を中心とした短編集だが、話の筋の運び方や文体が少しも古くさくない。読んだ人がとても若い場合には、もしや「よくある話」と誤解をするかもしれないが、60年代にこれを書いていた作家であること、しかもその後にテレビ番組の原作などで使われた作品も収録となれば、人が「どこかで見た(聞いた)話」と感じてしまうのも、無理はないかもしれない。

 事実、わたしが気づいただけでこの短編集の前半(第一部)には、ふたつほどテレビ番組で使われたものがあった。ああ、この人が原作だったのかと、読みながら気づいた。



 第一部は、かつて著者自身が自選集として出した短編「あるフィルムの背景」をそのままに収録。第二部は、日下三蔵氏が選んだ短編である。この第二部の存在に、実は救いがある。

 少女時代に友達の裏切りで性的暴行を受け、時代ゆえか、騒いでも損であると周囲に無理に言い含められたあげくに苦しい人生を送っている女性の話やら、意に反して結婚させられ数十年も虐げられた女性が出てくる。表題作もまた、ちょっとしたきっかけで1日だけの地獄を見た女性が、あるときその地獄がつづいていることに気づいた話だが、それらが第一部にある。

 60年代に冷静な筆の力でこれらを描いていた作家に驚く。これがもし80年代前後であれば、登場人物の女性が気の毒という見せかけのもとにエロ描写を盛りこむ作家が大勢いた。人の不幸は蜜の味というが、ほんとうに、可哀想とは見せかけだけの、ひどい作品が山ほどあった。

 作品に驚くと言いながらも、内容が暗いことには違いない。かなり暗い。ポイントを利用した電子書籍での購入で、金額的にはタダ同然であったが、それにしても「これ、読んでよかったのか」と思うほどだった。

 だが第二部になるとそこまで深刻なものはなく、むしろ登場人物がうっかりして事件の被害に遭う話が多い。雰囲気としてはドリフターズのコントで視聴者が「志村、うしろ、うしろ」と叫ぶのに伝わらず、あれよというまに登場人物がやられてしまう、といったものだ。

 第二部があって、救われた。
posted by mikimarche at 21:15| Comment(0) | フィクション