2020年02月22日

食と農でつなぐ 福島から - 塩谷弘康、岩崎由美子

 1年ほど前だっただろうか。いつも夕方から開店している古書店が、週末のため昼間から店先に本を出していた。初めて立ち寄ったその店で、入り口近くにあったこの本と、店の奥にあった別の本を手に、会計した。その時間にその道を通らなければ気づかなかったのだから、本もまた一期一会である。



 原発事故以降の福島の産業、それを支える地元の女性たちに関する本だ。阿武隈地域から避難してきた農業従事者の女性たちが生産と加工を担う「かーちゃん」たちのプロジェクト開始から3年間の歩みをつづる前半(塩谷氏担当)と、福島の被災者や避難者の暮らしぶりと手探りでの地域づくりを描く後半(岩崎氏担当)で構成される。

 震災ののちに助成金を得てはじめた「かーちゃん」のプロジェクトほか、さまざまな生産者の事例や生産活動にかける思いが紹介される。もともと地域で活動をしていた生産者でノウハウを持つ人も多いが、やはり避難や一時移転で作業場を失うなど勝手が違ってしまったことにくわえ、このままではコミュニティが薄れるといった寂しさや危機感をかかえていた人々だ。

 土地を一時的に離れても慣れた食べ物を生産し、分け合い、そしてできれば販路も見つけたいという思い。だが同時に、現在の暮らしが一時的なのか、または腰を落ち着ける場所となるのか、今後の暮らしはどうなるのかという不安もある。さまざまな葛藤があるが、途方にくれるよりも、どうにか前に進む−−そんな姿が見える。

  復興のためのきっかけづくりとして助成金やアイディアの支援を得たグループもあるが、いずれは地元らしさ、自分たちらしさを強く出しつつ販路の安定と拡張、客層とのつながりを強固にしていくことになる。

 山や海の幸に恵まれ、美しい土地である福島。原発のことや、政府からの扱いを嘆いてばかりではなく次世代に何を残せるかと前を向く人々を、素晴らしいと思う。
posted by mikimarche at 18:35| Comment(0) | 実用(食べ物・食文化)

2020年02月11日

成田屋の食卓 團十郎が食べてきたもの - 堀越希実子

 なき市川團十郎(十二代)夫人であり、市川海老蔵(当代、まもなく團十郎を襲名)の母である堀越希実子氏の著作。タイトルは食卓となっているが、ご一家の思い出や歌舞伎の世界について自然体で語るエッセイとなっている。その文章のあいまに、料理の写真や食材の情報がおさらいのように掲載され、巻末にふたたびまとめられている。

 本日現在、月額980円のKindle読み放題サービスにはいっている本だが、活字本としては1760円。





 新婚時代から、2013年に團十郎氏が他界されるまでを語り、それから3年して本書を出版された。文中にも、末尾にも、まさかその翌年に他界されることになろうとは誰も思わなかった真央さん(海老蔵氏の夫人)への、温かい思いがつづられている。
 しきたりや伝えていくべき味を学ぼうにも、結婚するころにはすでに義父母の存在がなかった著者。番頭さんらにひとつひとつを教えてもらい、実家の親に料理を助けてもらいながら、夫とともに手探りで成田屋をもり立ててきた。だが自分たちとは違い、真央さんには自分と夫が築きあげた料理の伝統を伝えていけるのだと、それを楽しみに本を書かれたようだ。日付から推察して、本の準備中はまだ世間に真央さんの闘病は明らかにされていない時期であった。

 料理そのものもたしかに美味しそうではあるのだが、なかなか知る機会のない歌舞伎役者の家庭、そして妻として家族として、舞台をいかに支えていくかの日々が細かく記されていて興味深い。團十郎氏が海老蔵時代の若手であったころは、まだチケットが売れ残ることもあったという。ご贔屓筋だけでなく新しいファン層の開拓も心がけ、おふたりでがんばった日々。手土産持参でご挨拶くださる人にはオリジナルグッズを差し上げるなど、著者ご自身がグッズを開発していることにも驚かされた。きめ細やかな配慮だ。

 最後に、わたしは第十二代の團十郎氏がお亡くなりになったとは、いまだに信じられない。歌舞伎のほかにテレビで時代劇などに出演されることもあり、とても親しみを感じていた。

 熱烈な歌舞伎ファンというわけではないのだが、ひさしぶりに舞台を見に出かけたい気分になった。
posted by mikimarche at 23:55| Comment(0) | エッセイ

2020年02月01日

生業としての小説家戦略 - わかつきひかる

 文章の書き方ではなく、フリーランスで働く文筆業が遭遇しやすいトラブルを紹介し、経験を元に助言する指南書。




 作品としては著者を存じ上げないが、若いころからジュブナイルポルノやライトノベルで活躍し、現在は官能小説を書く作家でいらっしゃるようだ。

 女性だから、出版業界で経験がないからと編集者になめられ、支払いも平気で踏み倒された新人時代。だが著者はあきらめず、手探りで少額訴訟の道を開き、大部分の金額をとりもどした。知識が不足していたため、延滞料や手数料をもう少し増やして請求することもできたとのちに知ったが、訴訟を経験したことが精神的な強みにもなった。

 だめな出版社(または編集者)とのエピソード紹介や、これこれのレベルまで売れてきたら税理士を頼んだほうがいいといった実務的な内容がたくさん盛りこまれている。文章の軽妙で読みやすい。

 いろいろな苦難はあれど、あきらめないことが第一だと、これからの作家にエールを送る。同年代、同時期に作家活動をしていたはずの人々が周囲にもはやいなくなってしまったが、その人たちに才能がなかったわけではなく、自分はあきらめずに書きつづけたからだと、読み手をはげます。

 文筆業、フリーランスの方々は、読んでみて損はない本。

 ただ、読みづらかった部分もある。
 これはいったいどういったメディアに紹介されたものなのか不明だが、もしや連載されたのだろうか。文章表現にくり返しが多く、ほんの少し前に書いたばかりなのにまた説明をするのかといった、不自然さがあった。連載などの事情で内容が小刻みにくり返されていたものを、そのまま電子書籍にしたのかもしれない。その点だけは読みづらかった。
posted by mikimarche at 22:05| Comment(0) | 実用(その他)