2019年08月22日

なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか - 辻井啓作

 商店街のコンサルティング業務を経験した著者による、書名の意味する通りの内容「なぜ1%しかないのか」をつづった本。どうすればよくなるという教科書的な啓発ではなく、うまくいきそうでもどこに落とし穴があるか、どういう要素や存在がよくない結果に結びつくかが、事例をもとに紹介されている。



 起業に関心がある人が参考程度に読む分にはおもしろいかもしれないが、本気で商店街をどうにかしたいと思っている当事者が読むと、希望の持てる内容とは、なっていない。とくに本の最後で、よかれあしかれ商店街の組合そのものが活性化を阻む存在になりかねない危険性が指摘されていることから、へたをすれば腹を立ててしまうかもしれない。

 前半では、商店街への自治体からの補助金問題が何度か出てくる。
 経済的な発展を遂げることこそが商店街の内部(商店たち)にしても地元にしてもよいことに違いないのだが、役所は補助金を出す立場上、相手の経済状態の向上を目的とすることはできないため、あくまで建前として、地域社会の発展や地元の人びとのための場所作りというものを想定しているとしてきた。
 だが時代が下り、担当者が変わったり、字義通りに受けとめる流れができてくると、話が違ってくる。役所側としても商店街側としても、商店街の採算よりも補助金をうまく回らせるためのイベント案を出しては実行するようになり、肝心の商店街の利益がおろそかになることもある、とのこと。

 また、商店街としてはほとんど寂れているような場所に、家賃の安さを魅力として若い起業家が店を出し、それが当たったときにも、悲劇が起こる場合がある。その店の周辺が活性化して家賃が上がり、数年後には賃貸契約を更新することが(その地元を流行らせた商店にとってさえ)難しくなる事例もあるそうだ。するといったんはできかけた人の流れが止まり、衰退へと逆戻りすることもある。

 うまくいく例があるとすればだが、すべてを総合的に見る立場の人間(タウンマネージャー)を雇い、運営側や地元のニーズを考えた上での商店街構成が必要となる。ただしその場合も、いきなり鳴り物入りでこの人が仕切りますと紹介するのではなく、地元に長い人などの協力をこぎ着けてからにしないと反発も起きやすいとのこと。

 著者自身は、最近は商店街などの包括的な相談には乗っておらず、個々の商店のプランニングをしているそうである。現在その立場であるからこそ書けたのかもしれないが、すでに存在している商店街の活性化というのは、かなり難しい仕事なのだろうと、実感させられた。
posted by mikimarche at 18:40| Comment(0) | 実用(暮らし)

2019年08月04日

辞書を編む - 飯間浩明

 何年か前に三浦しをん原作の映画「舟を編む」を見た。何年もの歳月をかけて丁寧に辞書を編纂していく人びとを描いたものだった。
 本書は、三国(さんこく、三省堂国語辞典)の第七版で著者らが掲載候補と語義を吟味していく過程を読みものとしてつづったものである。上記の映画に出てきたような街頭での言葉使用例の収集(かならず撮影などして日付とともにデータを残す)や、映像作品やテレビのニュースを丹念に確認する作業が描写されている。また、映画の原作内にあった「愛」の語釈についても、編集仲間のみなさんと語り合ったことが記されている。



 他社の辞書との特徴や用例の違いを踏まえながら、わかりやすい語釈を検討していく流れは、読んでいてとても楽しい。
 たとえば、右と左について。紙の辞書が主流であった時代は「この辞書の偶数ページが表示されている側」といった定義づけも考えられたが、電子書籍が主流になれば同じ表現は使えない上、読み上げて人に聞かせている場合には読んでいる人と情報を得ようとしている人が別人であるため、そもそも「この辞書のページの」という表現が、適切ではなくなる。
 最終的には新明解(他社)などで使われていた方法を視野に入れつつ、文字の右側部分(たとえば「リ」なら長いほう)を使った説明を足すことに落ちついたようだ。

 キャバクラの欄は、思わず吹き出した。広辞苑が「キャバクラ」という言葉の掲載を見送ったのは、辞書を編纂する人びとの中にキャバクラに行った経験がある人がなかったからだという記事が、2008年にzakzak(夕刊フジの公式サイト)に載ったことがあるそうだ。著者もまた同じような話の流れを経験したが、掲載の可否を迷っていた時期にテレビ番組に誘われ、キャバクラの取材に行く機会を得たとのこと。2時間ほど滞在したというが、それまで頭で考えていたキャバクラの語義は、現地の従業員の方のお墨付きをもらったそうである。

 三国は、現在使われている言葉をわかりやすく掲載することを念頭においた辞書だそうだ。電子化された辞書製品が増えていくご時世で、手に取れる厚さの辞書にこだわらなければならない事情が緩和されていく将来であっても、むやみに語数を増やせばよいとは考えていない様子。

 三国にはアプリ版があるとのことで、いつか買ってみてもよいかなと、そんな風に感じた。
posted by mikimarche at 23:55| Comment(0) | 実用(その他)