著者の小説を読むのは、おそらく初めてだ。普段の作品からこういう構成なのか今回のみかは不明だが、小説家がある男と出会ったシーンが冒頭にあり、以降はその「ある男」の話となる。小説家はその後は現れず、つづり手に徹する。
過去を捨てた男。語られた言葉を現実のものと信じて運命をともにしていた女。そして発覚。いったいほんとうは誰だったのかを知りたくて救いを求める女に協力する、旧知の弁護士。
たんねんに、覆っていた泥を払いのけるように事実を拾い上げていく弁護士の姿が、彼自身の生い立ちや現在の家庭とともに描かれる。
家庭での確執、家族に犯罪者がいたなど、人生を捨ててやり直したいと思う人びとには理由がある。出自や環境を選べなかったそうした人たちの思いと、主人公自身の在日コリアンへの思い。そして弱者に広く手を差し伸べる彼と、現実的な範囲での援助にとどめるべきと考える妻とのあいだに生じる齟齬。さまざまなことを描きながら、この物語は収束へ向かう。
わざとらしいような感動を生まない話だが、自然に頭にはいる流れだった。たまには小説も悪くないと、ひさびさに感じた。