2019年06月25日

男が痴漢になる理由 - 斎藤章佳

 なんとも、すさまじい内容である。

 男の自分勝手な理屈(痴漢や性犯罪行為の大部分は男性が加害者であるため、語弊はあるかもしれないが「男」と書かせていただく)と、それを長きにわたって許してきた社会は、そうとうな部分まで病んでいるといわざるを得ない。



 声をあげられない被害者を自分に気があると勝手に妄想する男。短いスカートで出かける娘に大丈夫かと声をかける家族−−悪いのは襲う方であるという視点が抜け、服装で性犯罪の被害リスクが高まるという誤った通念にどっぷり浸かっていて、なかなかそこから抜け出せない。家族ですらそうなのだから、被害に遭った一般の女性らに「そんな服だから」などの、落ち度があるような発言をする人があとを絶たないのも頷けよう。

 著者は性犯罪の再犯を防ぐためのプログラムを用意したクリニック(通所やプログラム参加には強制力を持たないが、医師が関与し一部は保険適用のもの)にお勤めの精神保健福祉士である。

 政府も多少は性犯罪の再犯防止に努力をしはじめたようで、全国の刑務所のうち19ヶ所では専門の教育プログラムを設けているそうだ。だがそれは長期の収容が決定している受刑者向けであり、短期の受刑者にはそういった教育がほどこされない。
 しかも著者によれば、日本の現状としては初犯は示談などで起訴されないことがままあり、数回目の逮捕でようやく裁判になる傾向が強いという。ここで重要なのは、初犯の定義は犯罪が1回なされたかではなく「逮捕されたのが初回かどうか」である。複数回の逮捕で起訴や裁判になるというのは、そのあいだに「ばれていない犯罪が何回あるかわからない」ということを意味する。
 それならば、初回からすでに示談があった場合でも教育プログラムを必須とするように制度の変更があるべきだと、著者は指摘する。

 周囲からの強いすすめでクリニックに通所する男たちの、言い訳はさまざまである。ストレスがあったからとか、ほかにもやっている人がいるとか、ちょっと触ったくらいでなんだとか、言いたい放題だ。だが中でも目を疑ったのは、逮捕されて痴漢ができなくなったのち、あなたの人生から何が失われたかという問いに、複数が「生きがい」と答えたという場所だった。

 人を踏みにじる行為をくり返し、それを生きがいと呼ぶ神経は、ほんとうに理解できない。

 本書は加害者の家族(そんなことを夫や息子がしていたと知らずにいて世間からバッシングを受ける)の話題も含めて記載している。描かれている加害者たちの話はひどい事例が多いが、本書のものは頭にはいりやすい。
posted by mikimarche at 00:20| Comment(0) | 実用(社会・事件)

2019年06月22日

メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 - 松永和紀

 先日なぜかAmazonの電子書籍で光文社新書が半額になっている例が多く見られたので、以前から気になっていた本をダウンロードしておいた、そのうちの一冊。



 わたしは食品に関心があり、長く通販をしているせいか、テレビ番組で「○○が効く」やら「○○で痩せる」などの特集があるたびに、その商品がまたたく間にネットから消えて行くのを見ては憤慨した。よく覚えているのは本書にも詳しく書かれているTBS系列の「白いんげん豆」で、これは豆はもちろん、豆を使った製品である白餡の素までもがネットから消えた。さらにはこの番組のせいで、放送後に重い体調不良に陥った視聴者もいた。

 バナナも、ココアも、寒天も、何度も何度も同じような品切れ狂想曲を奏でた。

 あるときのことだ。また何かが売り切れて、わたしは自分の運営していたサイトで「ばかみたいだ」と書いたことがある。すると、わたしが何に怒っているのかを気にかけず、ある会員さんが「店で見たのでいったん買って帰ったほかに夫に車を運転してもらって、ふたりで買いにもどった」と、嬉しそうに返信してきたことがあった。テレビで放送されたものは、とりあえず買わなければ気が済まないのだそうだ。ちなみに当時でおそらく60過ぎのご婦人だった。典型的なミーハーですからとご本人は軽く書いていらしたが、わたしはかなり驚いたものだった。

 本書は、なぜそういった根拠なきいい加減な情報がメディアで流されるのか、そしてそれらが強く否定されることもなく、責任の所在がいい加減なままで何度もくり返されるのかといった発信側の構造の問題(話題になるネタをとにかく売りつける)、そしていちいちメディアに対抗したり素人に説明するのも面倒だと、表に立つことが少ない学者や専門家の存在(誤りを実質的に放置してしまっている)を、語っていく。

 真剣に打ち消そうという努力がないために、○○が危ない、○○は体にいいといった第一報ばかりが人の心に残りやすくなるだけなく、何度も話題が再燃しやすい悪循環がそこにある。

 わたしもまた、メディアに不信感や不満をいだくことが多々ある。
 たとえば子宮頸がんワクチンの問題だ。副作用で深刻な症状になっている少女がいるのかいないのか(原因はほんとうにワクチンなのか)と関心を持っていた時期のことだが、厚生労働省が発表したデータに、信州大学の調査でワクチンと症状の因果関係が否定できない事例があったとの報道がなされた(2016年3月ころ)。わたしは「おや、そうだったのか、ほんとうに因果関係があるのか?」と驚いたが、その約5か月後(2016年8月)に、毎日新聞は、その信州大学のデータに捏造が疑われるという話があると、文中でさらりと書いた。実にさらっとである。これは、同じくらいの熱心さで書かなければ意味がないことではないかと、わたしは憤った。

 本書では、こうしたメディアや、専門家たち、そして受け手側である一般人が気をつけるべき点について書いている。10年以上前の本ではあるが、状況は変化していないので、これから読まれる方にもおすすめしたい。

 なお、わたしも大いに気になっているトランス脂肪酸の話題が出てきた。トランス脂肪酸が体によいというわけではないが、ことさらに何度も話題になるのは、トランス脂肪酸が多く含まれるマーガリンやショートニングが規制されることで、利害関係が生まれやすいからとのこと。バターを売りたいと思う国、パーム油を売りたいと思う国など、世の中にはそれぞれ事情があるのだ。なるほど。
posted by mikimarche at 19:00| Comment(0) | 実用(暮らし)